東京地方裁判所 昭和34年(行)136号 判決 1960年7月20日
原告 山本千代太郎
被告 科学技術庁長官
訴訟代理人 木下良平 外三名
主文
本件訴は、いずれもこれを却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告は、
一、被告が原告に対し、昭和三四年一一月一〇日付でした原告の同年四月二〇日付原子力基本法第一九条による奨励金等交付申請を却下した処分を取消す。
二、被告は、同法第一九条による奨励金等交付の申請があつた場合直ちにこれを交付し得るよう常にその予算措置を講じておく義務を有することを確認する。
三、被告は原告に対し、原告の右第一項の申請に対し、相当額の奨励金又は賞金を交付すべき義務を有することを確認する。
との判決を求め、その請求の原因として、
一、原告は原子力開発事業の研究家であるが、被告に対し昭和三四年四月二〇日原子力に関する原告の特許出願(昭和三三年度第三四、二一三号)にかかる発明に関し、原子力基本法第一九条により相当額の将励金又は賞金(以下奨励金等という)を交付するよう申請した。右発明は、奨励金等を受けるに価する発明であるにも拘らず、被告は同年一一月一〇日付をもつて右申請を却下する処分をなし、該処分はその頃原告に通知せられた。
二、しかしながら被告は、政府を代表して同法第一九条の申請があつた場合には、該申請にかかる発明が価値のあるものである限り、原子力に関する研究を助成する意味において、常に且つ直ちに右申請に対して奨励金等を交付すべき公法上の義務を負うものと解すべきであり、従つて被告は、平素より何時右第一九条の申請があつても、直ちにこれが奨励金等を交付できるようその予算措置を講じておく公法上の義務を有するものである。
三、しかるところ、原告の前記申請にかかる発明は、原子力に関する従来の研究が核分裂的原子炉等による研究であつたのに対し、原子力単函の実施化及びその発展たる原子力連函的間接発電法による研究に関する発明であつて、学問的及び応用的に価値の多いものであり、且つ民間のすぐれた発明であるから、原子力に関する価値高きしかも民間のすぐれた研究を助成する意味において、被告は当然原告に対し、直ちに右発明に関する奨励金又は賞金を交付すべき義務を負うものである。
と述べた。
被告代理人は、本案前の申立として主文第一、二項同旨の判決を求め、その理由として、
一、原告は、被告が原告主張の奨励金等交付申請に対し、交付しない旨通知した行為をもつて、却下の行政処分をしたものとしてその取消を求めているけれども、原子力基本法第一九条は、原子力利用に関する特許出願にかかる発明をした者に、政府に対し奨励金等を請求し得る権利を認めたものではなく、従つて原告は右奨励金等の交付申請権を有しないから、被告が原告の右申請に対し、交付しない旨通知したからといつて、これをもつて行政処分であるということはできない。即ち本訴は抗告訴訟の対象となる行政処分がないから不適法である。
二、原告は同法第一九条により奨励金等の交付申請があつた場合には、直ちにこれを交付し得るよう予算措置を講じておく義務を有することの確認を求めているが、奨励金等を交付するため予算措置を講ずるか否かは国の内部の問題であつて、国民の権利義務には直接何らの関係もなく、かかる予算措置を講ずることの義務の存否は確認訴訟の対象たる権利義務関係には当らない。よつて本訴は不適法である。
三、原告は、被告に対し、原告の昭和三四年四月二〇日付同法第一九条による交付申請に対し、相当額の奨励金又は賞金を交付すべき義務を有することの確認を求めているが、右請求は訴訟物が特定されておらず、又金額の記載もなくその範囲が不明確であるから不適法である。のみならず右請求が奨励金等を交付する処分をなすべき義務あることの確認を求める趣旨であるならば、かかる請求は行政処分をなすべきことを求めることに帰着するから、三権分立の建前に反し許されない。いずれにせよ原告の右請求は不適法である。
と述べた。
理由
原告の本件訴がそれぞれ適法であるか否かについて判断する。
一、原告は、被告が原告に対し昭和三四年一一月一〇日、原告の同年四月二〇日付原子力基本法第一九条による奨励金等交付申請を却下した処分の取消しを求めるので、右行為が抗告訴訟の対象となる行政処分であるか否かにつき判断する。
原子力基本法は、原子力の研究、開発及び利用を推進するためその助成策として、特に第一九条において、「政府は、原子力に関する特許出願に係る発明又は特許発明に関し、予算の範囲内において奨励金又は賞金を交付することができる」と規定しているが、同条は政府が高権的な立場において、一方的に適当と認める特許出願に係る発明又は特許発明に関し、奨励金等の交付をなしうることを定めもつてこの分野の進歩発展に資そうとするものであつて、原子力利用に関する特許出願に係る発明又は特許発明をした者に、奨励金等の交付を請求する権利を認めた規定とは解されないし、他に奨励金等の交付の請求をしうることを認めた法令上の根拠は存しない。
そうだとすれば、原告の昭和三四年四月二〇日付の奨励金等交付申請は、被告に対し同法第一九条による奨励金等を交付すべくその職権の発動を促がすにとどまつたのみで、被告が仮りに右申請に対し交付しない旨を決定し、原告の申請を排斥したとしても、それは原告の権利義務に直接具体的な法律上の効果を及ぼすものではなく、被告の右行為を目して行政処分とはいえない。よつて原告の右請求は、抗告訴訟の対象たる行政処分を欠くから不適法として却下を免れない。
二、原告は被告に対し、同法第一九条に基く奨励金等の交付申請があつた場合、直ちにこれを交付しうるよう常にその予算措置を講じておく義務を有することの確認を求める。しかしながら、予算は内閣で作成され、国会で議決されるものであるから、原告の主張する予算措置を講ずる義務とは、政府部内における予算案の編成の段階において、被告は、交付申請のある毎に、直ちに奨励金等を交付出来る程十分な予算を要求し、確保すべき義務があるとの趣旨と解される。そして同法第一九条による奨励金を交付するためどれだけの予算を請求するかは全く行政権の内部的行為にすぎず、もとよりそれによつて原告の権利義務に直接法律的変動をもたらすものではなく、それは専ら被告が法律の規定に基き、誠実に履行すべき一般的な義務であつて、裁判所が法律の適用によつて終局的に解決しうべき事項ではない。従つて原告の請求は、具体的な権利又は法律関係に関する紛争ではなく、「法律上の争訟」に該当しないから不適法である。
三、さらに原告は被告に対し、原告の昭和三四年四月二〇日付奨励金等交付申請に対し相当額の奨励金又は賞金を交付すべき義務を有することの確認を求めるところ、原告の右申請に対しては被告はすでに同年一一月一〇日付でこれを却下したことは前記のとおりであるから、原告が被告は右奨励金等を交付すべき義務があると主張するのはひつきよう右却下処分を争うことに帰するものと解され、その不適法なことは前記のとおりであるが、右却下処分の有無にかかわらずなお被告にかかる義務のあることの確認を求める趣旨であるとするならばまずかかる義務の確認を訴求することが許されるかどうかにつき判断する。同法第一九条による奨励金等の交付に関しては、交付の要件、その金額、交付するかしないかの決定のいずれについても、法律上何ら定めるところがない。かように法律がとくに規定をおかなかつたのは、奨励金等の交付が原子力に関する特許出願に係る発明又は特許発明をした者に対し、単に利益を賦与する行為であるのみならず、奨励金等を交付するに価する発明であるか否かの判断が極めて専門的、技術的であり、各発明の種類規模も多様であるからこれを一率に決定することは相当でなく、かえつて所轄行政庁の技術的判断に委ねるを妥当と認めたためと解せられる。従つて奨励金等を交付するかしないか、又その金額をどのように定めるかの決定は全く被告の自主的な裁量に委ねられていると解すべきである。
しかして、行政庁のもつぱら自由裁量に属する行政処分についてしかもいまだその処分のされない間にその行政処分をなすべき義務があることの確認を求める訴は、少くとも当該行政庁が不作為によりその裁量の範囲を逸脱し、これがため現実に権利の侵害を受けるか、又はその危険がさし迫つていて、裁判所による事前審査のほかは適切な救済が考えられない等の場合にこれを考慮し得る余地があるほか、一般には許されないものと解すべきところ、仮に原告の発明がすぐれたものであるとしても、奨励金の交付を受けないことにより原告が現実にその権利の侵害を受けもしくはその危険がさし迫つているものと解すべからざることは前記奨励金交付の趣旨にかんがみ、事の性質上おのずから明らかであり、結局本訴は確認の訴としては許されないものといわなければならない。従つてその余の点を判断するまでもなく原告の右請求は不適法である。
よつて原告の本訴請求は、いずれも不適法であるから訴を却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 浅沼武 小中信幸 時岡泰)